ガット研究の動向と問題点 4

研究者の分布という点についてみれば、以上の三分野のなかで相対的に研究者の分布が厚く、研究成果も数多くみられるのは国際経済法の分野であり、これに次ぐのが国際経済論です。


これに対して、国際政治学分野でのガット研究者はわが国ではきわめて少なく、業績も乏しいもの。


資料収集の制約・研究指導者の不在などが大きく影響しているのでしょうが、こうしたアンバランスは早急に是正される必要があります。


それらは今後のわが国のガット研究の大きな課題といわねばならないでしょう。

ここでは、ガットにおける農業問題の特殊性の解明を行いたいと思います。


つまり、これまでガットの内部において農業問題がどのように位置づけられてきたのか。


またそれはいかなる要因によって規定されてきたのか。


さらにガット・ラウンドと呼ばれる一連の多角的貿易交渉の過程で農業について何が問題となり、農業貿易交渉はどのように推移してきたのか・・・。


ウルグアイ・ラウンドにおける農業問題をめぐる各国の深刻な対立も、こうした分析の延長線上にとらえられねばならないことはいうまでもないでしょう。

ガット研究の動向と問題点 3

たとえば国際経済法視点からのアプローチに対しては、そこで想定されている国際間の自由競争・公正競争というテーゼが現実の世界経済のなかでどれだけの普遍性・妥当性をもちうるのかという疑問が提起されざるをえないです。


また、同様に権力闘争視点に立った国際政治学の分析に対しては、それらの政治力学を規定した条件はなにか、その結果成立する政治的妥協は世界経済にどのようなインパクトをもち、これをどのように変化させようとしているのかが問われねばならないでしょう。


さらに、国際経済学者のいう「ガット体制崩壊論」についていえば、トータルな経済システムの認識としてはそれでいいとしても、それだけでは現実のガット機能の分析が完全に欠落してしまうという問題が指摘されます。


ガット体制が崩壊したとしても、ガットはなくなったわけでもなければ、機能しなくなったわけでもないのです。


それはある意味では従来以上に強い影響を世界経済の各面におよぼしつつあるのです。


その点にふれずに、ガット体制の崩壊の一言で片づけるのは研究者の怠慢でしょう。


総じてガット研究については、いわゆる学際的研究の深化が強く望まれるのです。

ガット研究の動向と問題点 2

第三の国際経済論の分野ではガット体制と呼ばれる世界経済システムの展開と変貌が、経済実態との関連でマクロ的・ミクロ的に分析されます。


その結果、たとえば最近のガット体制について「GATTシステムの基本原則に対する浸蝕が進んだ」とか


あるいは「IMF・ガット体制というふうにいわれてきた国際経済システムが最終的に崩壊局面である」といった結論が導き出されることになります。


これらについて細かに紹介するのはここでの課題ではありません。


しかし、これまでの研究成果をふまえていえば、わが国におけるガット研究が相互にほとんど問題をもたないままバラバラに行なわれてきたこと。


しかもそれらがきわめてアンバランスな展開を示していることの二点を研究面での問題点として痛感せざるをえないのです。


これら三分野での研究がそれぞれガットの一側面を鋭く易U挟していることは事実としても、特定視点からの分析にはおのずから一定の限界があります。

ガット研究の動向と問題点

第一の国際経済法としてのアプローチでは、国際経済を律する基本概念として、自由競争の維捺公正競争の維持、経済的従属関係の是正などを設定し、国際経済秩序のあるべき姿を論ずるという形で研究が進められています。


これらの公準からみて、現行のガット規定の性格およびその運用にどのような問題があるかというのが研究の中心課題をなしているのです。


次に、第二の国際政治学の立場からは、ガットは基本的には国際的な権力闘争の場であるという視点から分析が行なわれます。


「一つの国際システムを考えた場合、国と国との間にルールが存在せず自らの権力に基づいて交渉を進めていく、権力に基づくパワーシステムという状態」


があり、それこそがガットだというのです。


ガットにおける各種の交渉、ルールの性格およびその運用、ガット違反の処理などが、もっぱらこうした国際的権力闘争という視点から分析されるのです。

『クレイジー・フォー・ユー』 ストーリー

1930年代のニューヨーク。

銀行の跡取り息子ボビーは、ショー・ビジネスの世界に憧れています。

母親に命令され、ネバダの田舎町デッドロックに劇場の差し押さえに行くことになった彼は、そこで町で唯一の女性であるポリーに一目惚れします。

ところが彼女は劇場主の娘で、彼の正体を知って激怒。

それでもあきらめきれないボビーは、有名な興行主ザングラーに変装し、友達のショーガールたちも呼び寄せて、ポリーと町の男たちと一緒に劇場を救うためにショーを上演しようと計画します。

町は次第に盛り上がりますが、なんとポリーが偽ザングラーに恋してしまい、さらに本物のザングラーが町にやって来ます。

事実を知ったポリーの怒りを買ったボビーはニューヨークに戻ります。

その後、ポリーはボビーを愛していることに気づきニューヨークへ。

折しも戻ってきたボビーとすれ違いかけるが、無事出会えて愛を確かめ合います。

『クレイジー・フォー・ユー』 6

ロンドン版は演出が違うせいもあったのかもしれませんが、全体的にもったりとしていた気がします。

オリヴィエ賞は受賞しましたが・・・。

四季版の成功要因は、第1にボビーを演じた加藤敬二にあると思います。

抜群のテクニックに裏打ちされた軽やかなダンスと、透明な明るさは役柄にぴったりでした。

ほかのキャストも、新しいタイプのダンスを徹底的なレッスンで身に付けたことを感じさせるレベルの高さで、作品の良さを十分に体現していました。

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『クレイジー・フォー・ユー』 5

演出のマイク・オクレントは『ミー・アンド・マイ・ガール』を手掛けた英国人です。

ミュージカル・コメディのポイントを押さえた彼の手腕も大きいですね。

また、真の主役であるガーシュウィン・ナンバーの数々も、もちろん魅力的。

わたしはブロードウェイの『クレイジー・フォー・ユー』を観た後、93年2月に四季版、4月にロンドン版を観ることができました。

オリジナルのブロードウェイ版は別格として、この作品に関しては、ロンドン版より四季版の方が良かったと思います。

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『クレイジー・フォー・ユー』 4

ストローマンの振り付けが素晴らしいのは、タップの魅力を生かしながらノスタルジックではなく、斬新でありながらストーリーの流れから自然発生するようにダンスが始まるところ。

これでドラマが一気に盛り上がります。

「アイ・ガット・リズム」ではポリーと田舎の荒くれ男たちが、気持ちの高ぶるままに手近にあるツルハシやお盆、洗濯板などを打楽器のように鳴らします。

「スラップ・ザット・ベース」では、ロープを持った女性陣がベースに見立てられて男性陣に弾かれます。

SMの女王様的な「ノーティー・ダンス」や、椅子をどんどん積み上げていく「スティッフ・アッパー・リップ」、興行主ザングラーに変装したボビーが本物と飲んだくれて歌う「ホワット・コーズィズ・ザット?」などなど・・・。

楽しいナンバーを挙げるときりがありません。

『クレイジー・フォー・ユー』 3

ストーリーは、銀行の跡取り息子ボビーが、田舎町の劇場の娘ポリーに一目惚れしてひと波乱あり、最後はお決まりのハッピーエンドになるという典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」。

それをテンポの良い脚本と演出、そして何と言ってもスーザン・ストローマンの独創的な振り付けによって、"これぞ、アメリカン・ミュージカル!"という楽しさに満ちた一級のエンターテイメントになっています。


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『クレイジー・フォー・ユー』 2

作品については、「ニュー・ガーシュウィン・ミュージカル・コメディ」というキャッチ・フレーズが全てを表していると思います。

米国の代表的な作曲家ジョージ・ガーシュウィンが兄の作詞家アイラとコンビを組んで30年に初演した『ガール・クレイジー』をベースに、ほかのガーシュウィンの曲を何曲も加え、新たに脚本を書き下ろし、ほぼ新作としてよみがえらせたリメイクもの。

と言っても、いたずらに現代的な変更を施したわけではなく、舞台設定は30年代のままです。

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